久保智のひとりごと・・・災害に思う

台風20号、21号が残した大きな爪痕が癒える間もなく、北海道で未曾有の大地震が発生し、大きな被害をもたらしています。


これらの災害については想定外という言葉がよく使われています。
私は「これまでの災害の経験からは想像もつかない近年の災害は、想定外ではなく想定内となっていることに私達はもう少し早く気が付くべくだった・・人間の記憶の中にある「経験値」は既にそれを越えた「想定外」という事象によって崩壊してしまっている」というふうに思っていました。
しかし、ここんところの災害を目の当たりにして、果たしてそうなのかという疑問も頭をもたげてきました。

台風にしても地震にしても自然災害ということで、その発生に対しそのプロセスに人が介在することはほとんどできません。
7年前、私たちは想定外と言われた大水害に遭遇し被災しました。その時も100年に一度の水害、想定外の雨量・・という風にそれが表現されたのです。
しかしよく考えると、100年に一度の水害は人が経験した記憶にあるはず、それからすると想定外の雨量ではなかった・・ということなのです。
まさに、100年前大水害を経験したところでは、居住してはいけない場所を言い伝えや石碑などでそれを後世に伝えてきていました。
それは東日本大震災においても同じで、多くの地域で過去において津波が到達したところに石碑や祠をおいて、それより標高の低いところへの居住をしないよう伝えていたのです。

ところが、利便性や居住性を追い求めるうちに、そのような伝承はどこかへ置き忘れてしまい、居住してはいけないところに家が建ち町が作られていきました。
そして、山を切り崩し、谷を埋め、海を埋め・・それが人の営みの中心となっていきました。
本来自然の摂理で微妙なバランスの上に成り立っている国土はその様相を変え、山肌を削って伸びていく道路・・耕地や住居のためにその形を変えられていく川、海・・そして一時は宝の山とされて大規模に植林され、その後手入れが全くされなくなった人工林・・それらが、そのバランスを崩すことで昔では考えられないほど簡単に災害を引き起こす・・
大きな災害の連鎖は、人が手を付けてはいけないところに、傍若無人に踏み入れていった人の傲慢さが一因かもしれない‥そんな風にも思えてきました。
また、古から人は自然に対して畏敬の念を持って接してきたはずが、いつの頃からかそれを忘れた人たちによって、自然より優位に立つことができるという不遜な思いが主流となり、治山や治水というような言葉に代表されるよう、自然を自分達人の元で治めてしまおうとしてしまい、そのことが大きな災害を生むことにつながってしまっていると思えるのです。

台風が発生する、地震が起きる‥そんなところに人はまったく介在できません。
しかし、自然の摂理にそって生活環境を整えていくことによって、台風や地震がもたらす災害を少しは軽減できるのではないかと考えます。
自然の摂理に沿い、そのサイクルに人の営みを合わせる「自然循環型社会」・・今こそそのことをもっと真剣に考える時期に来ているのではないかと思います。

「森里川海による自然循環」という言葉のもつ意味をもう一度よく考えてみたいですね。

 

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久保智のひとりごと・・・災害に思う への4件のフィードバック

  1. 白坂春奈(ヨシケン) より:

    こんばんは。
    今回も「台風・地震」ダメージ大きかったですね。
    各地にお見舞い申し上げます。

    しかし、久保さんが書かれている通り、過去の経験地を無視した利便性の追求が人々の命を危機に晒します。
    過去の遺物(石碑・堤跡・古文書・言い伝え・・・)
    これら、少なくとも弥生時代から今日までの〝データバンク〟が示す危険性を顧みようとせず、今の人々の多くは「耳を閉じ(周囲の音の変化も無視し)」、周囲の状況すら把握しようとせず、目の前の矮小なタブレットに「心の安らぎ」を求めています。
    私は思います。
    「間もなくホモサピエンスの大多数は「猫背」になり、遠くを見定める「視力」を失うだろう。と。
    これを深刻に受け止めれば、過去から繰り広げられてきた「種の滅亡」に至る危険性を秘めています。
    人類が恐竜や、既に滅亡した〝ヒトの親類〟たちのようにならないために、何かしなければブレーキが効かない段階だと思います。
    支離滅裂なコメント、お許し下さい。

    • くぼさとし より:

      コメントありがとうございます。
      昔の人は、自然を恐れ、そして自然に寄り添って生きてきたのかなと思います。
      それが化石燃料の活用により、人は自然に活生かされているという謙虚な気持ちをどこかにおいて来たのかなと思います。
      自然循環型社会の実現こそが、今の私達に課せられた使命ではないかと考えます。

  2. 白坂春奈(ヨシケン) より:

    訂正:誤植がありました
    (本文4行目)
    「過去の経験地を」× ⇒ 「過去の経験値を」○ です。

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