久保智のひとりごと・・・3.11

今年も3.11の日が・・あちこちで追悼の行事が行われ、TVでは特番が組まれています。
あの日・・TVでリアルタイムで流される画像は、あまりにも衝撃的で、あまりにも悲しいものでした。

公務員として、水産担当としてやらなければならないことに追われ、友人・知人の安否確認もままならないまま時ばかりが過ぎていきました。
その一年前に訪問し出会いをいただいた多くの方々、きれいな入り江に点在していた唐桑の集落・・どうなったんだろう、どうされているんだろう・・そして、どうすればいいんだろうという思いが募ったものでした。

一年後、現地を訪れた際見た塩釜から石巻は瓦礫がまだ残り、廃屋がそのまま残されていて、気仙沼、女川はもう見る影もない様相・・
しかし、女川の港にはサンマ漁から戻ってきた船が水揚げをしていて、義援金を届けたある漁協は牡蠣養殖の再開に向け動いている・・なんとか活気を取りもどそうとしている漁師たちのたくましさに感動したものです。
そして今・・復興まだ半ばとは言いながらも、女川、気仙沼には漁船が戻り、新しい市場に活気が戻ってきています。

しかし、あの悪魔を封じ込めることがまだできない福島のあの地域では、帰還すらできない方々がまだ多く存在しています。
そんな中、安全基準が満たされたとして悪魔の子供たちを再稼働させようとしている現状は、南海トラフ地震の確立が80%とされる今、またぞろ日本を危機にさらしてしまう愚挙と思えてなりません。
自然界に存在しないものに手を出してしまった人類・・作られた安全神話を過大評価してしまった日本人・・そのツケを負っているのは誰でもない一般市民でです。
経済優先・拝金主義がまかり通る現在、その格差は広がるばかりで、富める人たちの誘導による見せかけの繁栄に、本来日本人が持っていた自然を愛でる心が押しつぶされてしまっている・・そんな気がしてなりません。

震災はまだ終わっていません。それどころか「南海トラフ」に潜む魔物が今すぐにでも目を覚ますかもしれないのです。
昨年も書きましたが、あたかも、すべて終わったことのような論調で危機感を薄れさせ、経済の発展をことさら強調する方たちの心の中には、あの悲惨な光景と未だ続く放射能という悪魔の魔の手はどのように残っているのでしょうか。
あの悪魔の力を放棄して自然循環の世界の構築を目指すこと・・それこそがこれから日本が目指す方向ではないかと思います。

あの震災は、間違った方向へ突き進んでいた日本への警鐘だったはずです。
また巡ってきた3.11・・この日にもう一度あの「とき」に戻って考えてみたいですね。

 

 

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